1958-1998 アジアバプテスト女性連合の歩み

1955年、創立50周年を祝う記念大会が英国のロンドンで開催されました。女性委員会のメンバーは、本大会に先立ち1週間前に開かれた女性大会に招待された36カ国の女性たちが参加しました。
大会のテーマは「神の大いなる恵みを思い、神のために大きなことを成し遂げよう」
ロンドン大会で一歩前進し、委員会からBWA 女性部に昇格して、世界バプテスト連盟執行部から正式に承認されました。
各大陸連合の委員会も開かれました。この時はまだヨーロッパ、北米とラテンアメリカの3大陸連合だけでした。出席した代表たちは、遠からずアフリカ、アジア、オーストラリアの大陸連合も結成されると信じていました。

盾の上に開いた聖書を置いた紋章も決まりました。盾は信仰と勇気を表し、両脇に”THE WOMEN’S DEPARTMENT” 中央に緯度と経度、BWAの文字があります。
この席上で日本の代表は、アジアの女性連合結成準備会の日本での開催を要請されました。

 

大会後、マーチンBWA女性部会長より、アジアバプテスト女性連合結成が決められ、日本の代表は東南アジアと太平洋地域の全バプテスト女性のために、日本で準備委員会を開催するように要請されました。
そのことを聞いた日野綾子は、「日本の代表がアジアの全バプテスト女性のために、会合を開催するようにとの要請を受けて帰国しました。日本は戦後の復興も衣食住も不十分な状態でしたので、私の最初の一言は「ダメ、とても無理。日本の国内でさえお互いのことをよく知らないのに、国際会議なんてとても無理。その上、戦火で焼け落ちた教会の再建が、あちこちで叫ばれている中で、お金の無駄遣いにならないかと、マーチン会長の提案には全く否定的でした。」と書き残しています。

日本女性の準備いかんにかかわらず、マーチン会長の熱意と役員の祈りと努力により、1956年、天城山荘でABWU(アジアバプテスト女性連合)準備委員会が開催されました。